<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>真逆はかく語りき</title><link href="https://masaka.amebaownd.com"></link><subtitle>矛盾した生き方</subtitle><id>https://masaka.amebaownd.com</id><author><name>真逆</name></author><updated>2018-07-18T14:48:38+00:00</updated><entry><title><![CDATA[創造的一歩]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/4572694/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/4572694</id><summary><![CDATA[十数年ぶりに自分の出生地に行ってみた。動機は特になかったのだが、なんとなく自分のルーツを辿りたくなった。好奇心のみで行動する最近の私。これは私なりのリハビリだと考えている。しばらくやりたいことができなかったし、その次は動くことができなくなった。そんな自分に褒美をと思って、最近は思い付きを大事にしている。ゆるい感じで訪ねて感じたこと。「自分はここにいた」ということと「あの頃の自分はまだここにいる」ということだ。人は時と共に脱皮しているが、その抜け殻は記憶とともにその場にとどまり続けている。その抜け殻というか痕跡のようなものを拾い集める、これがとても心を震わせる。景色が変わっていても、何故か感極まるのだ。そして、過去から現在まで自分はたしかに自分だったと確信する。生きていると実感する。この歓びに勝るものはないだろう。破滅的一歩を踏み出した半年前の自分は今に至るまで歩き、這い続けてようやく創造的一歩を踏み出せたような気がした。]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2018-07-18T14:48:38+00:00</published><updated>2018-07-18T14:48:38+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>十数年ぶりに自分の出生地に行ってみた。</p><p><br></p><p>動機は特になかったのだが、なんとなく自分のルーツを辿りたくなった。</p><p><br></p><p>好奇心のみで行動する最近の私。</p><p><br></p><p>これは私なりのリハビリだと考えている。</p><p><br></p><p>しばらくやりたいことができなかったし、その次は動くことができなくなった。</p><p><br></p><p>そんな自分に褒美をと思って、最近は思い付きを大事にしている。</p><p><br></p><p>ゆるい感じで訪ねて感じたこと。</p><p><br></p><p>「自分はここにいた」ということと「あの頃の自分はまだここにいる」ということだ。</p><p><br></p><p>人は時と共に脱皮しているが、その抜け殻は記憶とともにその場にとどまり続けている。</p><p><br></p><p>その抜け殻というか痕跡のようなものを拾い集める、これがとても心を震わせる。</p><p><br></p><p>景色が変わっていても、何故か感極まるのだ。</p><p><br></p><p>そして、過去から現在まで自分はたしかに自分だったと確信する。</p><p><br></p><p>生きていると実感する。</p><p><br></p><p>この歓びに勝るものはないだろう。</p><p><br></p><p>破滅的一歩を踏み出した半年前の自分は今に至るまで歩き、這い続けてようやく創造的一歩を踏み出せたような気がした。</p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[破滅的一歩]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/3707397/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/3707397</id><summary><![CDATA[破滅と言っても、社会的に破滅しただけで人生すべてが破滅するわけではない。社会の理不尽と真正面から戦った結果、ボロ雑巾のようになってしまっただけの話だ。私は戦わずに耐えるだけのつまらない人間になりたくなかった。「生きる」ことの意味は見出せずとも、自分が存在する意味は戦うことで見出すことできると信じていたからだ。まぁ、たった一人で世界を変えられるような映画の主人公ではないのでドラマチックな展開もなく、ひっそりと息を引き取ることになったのは格好悪い。それでも、私は戦う選択を取ったことに後悔はない。たしかに、自ら太陽に突っ込んで勝手に焼けていったエピソードは笑い話かもしれない。現代のイカロス気取りの敗者はかろうじて命を取り留めたが、もう翼はない。社会から去った私は破滅的一歩を踏み出した。さて、ゴミのような世の中を生きようと思えるのだろうか。「生まれる時代を間違えたね」こんなことをよく言われていたが、そんな気がしてきた。しかし、過去にはもう戻れないし、生まれる時代を今から選ぶことも出来なければ、破滅的一歩を踏み出したことも変わらない。しかし、たかが破滅だ。それも社会的な破滅にすぎない。それに、社会そのものをぶっ壊したくなるような衝動が心の底で煮えたぎっているから私はまだ大丈夫だ。どうせなら、破滅すら楽しもう。生きたいように生きれたのなら、破滅こそ救いだったのだから。後悔はない、それで十分だ。]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2018-02-14T17:12:05+00:00</published><updated>2018-02-14T17:12:05+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p><br></p><p>破滅と言っても、社会的に破滅しただけで人生すべてが破滅するわけではない。</p><p><br></p><p>社会の理不尽と真正面から戦った結果、ボロ雑巾のようになってしまっただけの話だ。</p><p><br></p><p>私は戦わずに耐えるだけのつまらない人間になりたくなかった。</p><p><br></p><p>「生きる」ことの意味は見出せずとも、自分が存在する意味は戦うことで見出すことできると信じていたからだ。</p><p><br></p><p>まぁ、たった一人で世界を変えられるような映画の主人公ではないのでドラマチックな展開もなく、ひっそりと息を引き取ることになったのは格好悪い。</p><p><br></p><p>それでも、私は戦う選択を取ったことに後悔はない。</p><p><br></p><p>たしかに、自ら太陽に突っ込んで勝手に焼けていったエピソードは笑い話かもしれない。</p><p><br></p><p>現代のイカロス気取りの敗者はかろうじて命を取り留めたが、もう翼はない。</p><p><br></p><p>社会から去った私は破滅的一歩を踏み出した。</p><p><br></p><p>さて、ゴミのような世の中を生きようと思えるのだろうか。</p><p><br></p><p>「生まれる時代を間違えたね」</p><p><br></p><p>こんなことをよく言われていたが、そんな気がしてきた。</p><p><br></p><p>しかし、過去にはもう戻れないし、生まれる時代を今から選ぶことも出来なければ、破滅的一歩を踏み出したことも変わらない。</p><p><br></p><p>しかし、たかが破滅だ。</p><p><br></p><p>それも社会的な破滅にすぎない。</p><p><br></p><p>それに、社会そのものをぶっ壊したくなるような衝動が心の底で煮えたぎっているから私はまだ大丈夫だ。</p><p><br></p><p>どうせなら、破滅すら楽しもう。</p><p><br></p><p>生きたいように生きれたのなら、破滅こそ救いだったのだから。</p><p><br></p><p>後悔はない、それで十分だ。</p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[「絶望名人カフカの人生論」を読んで]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/1831038/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/1831038</id><summary><![CDATA[鬱な状態から脱け出したくて、足を運んだのは本屋だった。以前は、足を止めることなんてなかった絵本や写真集のコーナーで新しい景色を手に入れようとしてみた。目の前の世界と異なる世界に微かな心の動きを感じて喜んだりした。しかし、私はやはり私であるらしい。気が付けば、小説コーナーにいた。そして、「変身」の隣にあった一冊の本を手に取った。頭木弘樹「絶望名人カフカの人生論」、新潮社本当は自分を元気づけるために、本屋に来たのだ。そんな当初の目的も虚しく、無意識のうちに「絶望」と「カフカ」の単語に私は惹かれていた。開いた瞬間、憂鬱になった。「すべてお終いのように見えるときでもまだまだ新しい力が湧き出てくる。それこそ、おまえが生きている証なのだ」失望に近かった。こんな言葉が欲しいわけじゃない。そして、ページをめくる。そこには私を癒す不思議な力があった。「もし、そういう力が湧いてこないならそのときは、すべてお終いだ。もうこれまで」これほど今の私を動かす言葉があるのだろうか？私は狂ったように読み進めた。震えてきた。嗤えてきた。まるで今の私ではないか！！なるほど、私も絶望名人級のネガティブ人間なのだ。現実に戻れば、より一層私の症状が重くなることに違いない。あのカフカに絶望を教わったのだから。それでも、私はこっち（ネガティブ）の道を選んだ。この絶望しながら苦しむ生こそ、私らしさなんだと思えた。精神的な症状は悪化。しかし、よくよく考えると現実に戻るから、精神的に死にかけるのだ。昨晩みたく、不安と不眠に襲われて死が頭をよぎり続けるのだ。思い返せば、研究に没頭していたあの頃、今以上の絶望を味わっていた。それでも、私は生きていた。社会に出てから、苦しみが苦痛になった。社会から遠ざかれば、何か変わるんだろうか？まぁ、ほとんど変わらないだろう。この本を読んでから疑問に思ったことがある。カフカはどう自分と向き合ったのだろう？私と同じ人生をカフカが歩んだ時、彼は何を感じるだろう？カフカ研究、それこそ今の私には憂鬱極まりなく、最もやってはいけないことかもしれないが、絶望の先輩がどう人生を歩んだのかが知りたくなった。どうせ手つかずになるのだろうが、誰も傷つけない約束だ。守れなくても大きな問題はない。自分とカフカへの罪の意識に圧し潰されるかもしれないが。「絶望名人カフカの人生論」は有意義な時間を私に与えてくれる一冊だった。]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2016-12-30T12:00:00+00:00</published><updated>2016-12-30T12:00:05+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>鬱な状態から脱け出したくて、足を運んだのは本屋だった。</p><p><br></p><p>以前は、足を止めることなんてなかった絵本や写真集のコーナーで新しい景色を手に入れようとしてみた。</p><p><br></p><p>目の前の世界と異なる世界に微かな心の動きを感じて喜んだりした。</p><p><br></p><p>しかし、私はやはり私であるらしい。</p><p><br></p><p>気が付けば、小説コーナーにいた。</p><p><br></p><p>そして、「変身」の隣にあった一冊の本を手に取った。</p><p><br></p><p>頭木弘樹「絶望名人カフカの人生論」、新潮社</p><p><br></p><p>本当は自分を元気づけるために、本屋に来たのだ。</p><p><br></p><p>そんな当初の目的も虚しく、無意識のうちに「絶望」と「カフカ」の単語に私は惹かれていた。</p><p><br></p><p>開いた瞬間、憂鬱になった。</p><p><br></p><p>「すべてお終いのように見えるときでも</p><p><br></p><p>まだまだ新しい力が湧き出てくる。</p><p><br></p><p>それこそ、おまえが生きている証なのだ」</p><p><br></p><p>失望に近かった。</p><p><br></p><p>こんな言葉が欲しいわけじゃない。</p><p><br></p><p>そして、ページをめくる。</p><p><br></p><p>そこには私を癒す不思議な力があった。</p><p><br></p><p>「もし、そういう力が湧いてこないなら</p><p><br></p><p>そのときは、すべてお終いだ。</p><p><br></p><p>もうこれまで」</p><p><br></p><p>これほど今の私を動かす言葉があるのだろうか？</p><p><br></p><p>私は狂ったように読み進めた。</p><p><br></p><p>震えてきた。</p><p><br></p><p>嗤えてきた。</p><p><br></p><p>まるで今の私ではないか！！</p><p><br></p><p>なるほど、私も絶望名人級のネガティブ人間なのだ。</p><p><br></p><p>現実に戻れば、より一層私の症状が重くなることに違いない。</p><p><br></p><p>あのカフカに絶望を教わったのだから。</p><p><br></p><p>それでも、私はこっち（ネガティブ）の道を選んだ。</p><p><br></p><p>この絶望しながら苦しむ生こそ、私らしさなんだと思えた。</p><p><br></p><p>精神的な症状は悪化。</p><p><br></p><p>しかし、よくよく考えると現実に戻るから、精神的に死にかけるのだ。</p><p><br></p><p>昨晩みたく、不安と不眠に襲われて死が頭をよぎり続けるのだ。</p><p><br></p><p>思い返せば、研究に没頭していたあの頃、今以上の絶望を味わっていた。</p><p><br></p><p>それでも、私は生きていた。</p><p><br></p><p>社会に出てから、苦しみが苦痛になった。</p><p><br></p><p>社会から遠ざかれば、何か変わるんだろうか？</p><p><br></p><p>まぁ、ほとんど変わらないだろう。</p><p><br></p><p>この本を読んでから疑問に思ったことがある。</p><p><br></p><p>カフカはどう自分と向き合ったのだろう？</p><p><br></p><p>私と同じ人生をカフカが歩んだ時、彼は何を感じるだろう？</p><p><br></p><p>カフカ研究、それこそ今の私には憂鬱極まりなく、最もやってはいけないことかもしれないが、絶望の先輩がどう人生を歩んだのかが知りたくなった。</p><p><br></p><p>どうせ手つかずになるのだろうが、誰も傷つけない約束だ。</p><p><br></p><p>守れなくても大きな問題はない。</p><p><br></p><p>自分とカフカへの罪の意識に圧し潰されるかもしれないが。</p><p><br></p><p>「絶望名人カフカの人生論」は有意義な時間を私に与えてくれる一冊だった。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[適応障害]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/1818185/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/1818185</id><summary><![CDATA[前々から自覚があったわけだが、とうとう「適応障害です」と宣告された。アスペルガー症候群もまずは自らがそうであることを受け入れることから始まると聞くが、実際難しいものがある。今まで診断を受けなかったのは、適応障害であることを受け入れたくなかったからであり、「あなたは適応障害です」とあっさり言われても、理解することで精一杯だ。そんなこんなで来月からカウンセリングが始まるらしい。「らしい」、まだ現実に追いついてないのが私の現状だ。適応障害、つまり、障害。悪いのはまるで私だと言っているような病名。「あなたは社会に適合できなかったんです」そんなことは誰よりも一番わかっている。生まれつき、人とは違っていて、大学時代はその個性で成績トップにまでなれた。しかし、社会というスペースは私のような個性の塊には優しくない。社会は個性を潰す魔の巣窟だ。互いが互いの足を引っ張り合うような、出る杭は打ち合う世界こそ、社会だと私の眼には映っている。だが、マイノリティがマジョリティに敵うはずもなく、私は潰され続けて今に至る。私は大学時代から夢を持っている。それは、理想論的ダイバーシティーだ。私は人種や性別や思想などをすべて「アイデンティティー」として大きくまとめ、それを個性として捉えている。「個性の尊重」と「個性の最大限発揮」こそ、私が社会で生き続ける唯一の目標である。個性に適応した環境を与える、あるいは、どうすれば個性を最大限発揮できるかを周囲が一緒に考えてあげられる組織づくりをしたい。絵空事だということもわかっている。それでも、私が適応障害であったからこそ、私の経験があるからこそ、同じような境遇の人に同じ悩みや苦しみを感じてほしくはない。でも、きっとこんなことを考えているから、適応障害になってしまったのかもしれない。結局、解決方法が見当たらないのは、宣告前も今も一緒で「適応障害かもしれない」が「適応障害です」に変わっただけ。適応障害だと宣告されることに何のメリットがあったのだろうか？理解することと受け入れることは異なる。「受け入れたとことで何かが変わるのか？」と思わざるをえない。裏を返せば、私は「自分自身の環境すら変えられていないのに他人の環境を変えるなんてできないのではないか？」と不安と諦めを心のどこかで抱いている。受け入れてしまえば、現実が襲いかかってくる。先生に言われたが、「弱みを出すことも大事」というのが受け入れるということなのかもしれない。軽い気持ちで今回のブログを書き始めたわけだが、心の整理をつけようとしているのだろう、支離滅裂ながらも正直に自分の考えを曝け出している。適応障害と向き合うことに前向きになっている私がいる。それだけでどうにかなる気がしてきた。これから少しずつ心の整理をつけながら綴っていくことにする。]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2016-12-26T15:00:00+00:00</published><updated>2016-12-26T15:00:13+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p><br></p><p>前々から自覚があったわけだが、とうとう「適応障害です」と宣告された。</p><p><br></p><p>アスペルガー症候群もまずは自らがそうであることを受け入れることから始まると聞くが、実際難しいものがある。</p><p><br></p><p>今まで診断を受けなかったのは、適応障害であることを受け入れたくなかったからであり、「あなたは適応障害です」とあっさり言われても、理解することで精一杯だ。</p><p><br></p><p>そんなこんなで来月からカウンセリングが始まるらしい。</p><p><br></p><p>「らしい」、まだ現実に追いついてないのが私の現状だ。</p><p><br></p><p>適応障害、つまり、障害。</p><p><br></p><p>悪いのはまるで私だと言っているような病名。</p><p><br></p><p>「あなたは社会に適合できなかったんです」</p><p><br></p><p>そんなことは誰よりも一番わかっている。</p><p><br></p><p>生まれつき、人とは違っていて、大学時代はその個性で成績トップにまでなれた。</p><p><br></p><p>しかし、社会というスペースは私のような個性の塊には優しくない。</p><p><br></p><p>社会は個性を潰す魔の巣窟だ。</p><p><br></p><p>互いが互いの足を引っ張り合うような、出る杭は打ち合う世界こそ、社会だと私の眼には映っている。</p><p><br></p><p>だが、マイノリティがマジョリティに敵うはずもなく、私は潰され続けて今に至る。</p><p><br></p><p>私は大学時代から夢を持っている。</p><p><br></p><p>それは、理想論的ダイバーシティーだ。</p><p><br></p><p>私は人種や性別や思想などをすべて「アイデンティティー」として大きくまとめ、それを個性として捉えている。</p><p><br></p><p>「個性の尊重」と「個性の最大限発揮」こそ、私が社会で生き続ける唯一の目標である。</p><p><br></p><p>個性に適応した環境を与える、あるいは、どうすれば個性を最大限発揮できるかを周囲が一緒に考えてあげられる組織づくりをしたい。</p><p><br></p><p>絵空事だということもわかっている。</p><p><br></p><p>それでも、私が適応障害であったからこそ、私の経験があるからこそ、同じような境遇の人に同じ悩みや苦しみを感じてほしくはない。</p><p><br></p><p>でも、きっとこんなことを考えているから、適応障害になってしまったのかもしれない。</p><p><br></p><p>結局、解決方法が見当たらないのは、宣告前も今も一緒で「適応障害かもしれない」が「適応障害です」に変わっただけ。</p><p><br></p><p>適応障害だと宣告されることに何のメリットがあったのだろうか？</p><p><br></p><p>理解することと受け入れることは異なる。</p><p><br></p><p>「受け入れたとことで何かが変わるのか？」と思わざるをえない。</p><p><br></p><p>裏を返せば、私は「自分自身の環境すら変えられていないのに他人の環境を変えるなんてできないのではないか？」と不安と諦めを心のどこかで抱いている。</p><p><br></p><p>受け入れてしまえば、現実が襲いかかってくる。</p><p><br></p><p>先生に言われたが、「弱みを出すことも大事」というのが受け入れるということなのかもしれない。</p><p><br></p><p>軽い気持ちで今回のブログを書き始めたわけだが、心の整理をつけようとしているのだろう、支離滅裂ながらも正直に自分の考えを曝け出している。</p><p><br></p><p>適応障害と向き合うことに前向きになっている私がいる。</p><p><br></p><p>それだけでどうにかなる気がしてきた。</p><p><br></p><p>これから少しずつ心の整理をつけながら綴っていくことにする。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[本音]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/1161361/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/1161361</id><summary><![CDATA[本音が言えないのならその場から立ち去ろう自分が自分でいられないのならその場から立ち去ろう本音が言えない自分は誰なのか？誰かのための自分はいらない本音が言える自分でありたい自分のための自分でありたい]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2016-08-24T19:42:47+00:00</published><updated>2016-08-24T19:42:47+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p><br></p><p><br></p><p>本音が言えないのなら</p><p><br></p><p><br></p><p>その場から立ち去ろう</p><p><br></p><p><br></p><p>自分が自分でいられないのなら</p><p><br></p><p><br></p><p>その場から立ち去ろう</p><p><br></p><p><br></p><p>本音が言えない自分は誰なのか？</p><p><br></p><p><br></p><p>誰かのための自分はいらない</p><p><br></p><p><br></p><p>本音が言える自分でありたい</p><p><br></p><p><br></p><p>自分のための自分でありたい</p><p><br></p><p><br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[足元]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/927620/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/927620</id><summary><![CDATA[君の足元は本当に安定しているか？]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2016-06-16T15:13:55+00:00</published><updated>2016-06-16T15:13:55+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>君の足元は本当に安定しているか？</p><p><br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[進歩]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/794552/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/794552</id><summary><![CDATA[前に進んでいると思っていたのに後ろに進んでいることがある見方によって進歩のベクトルは変わる歩む前にその道を確認することが大事なのかもしれない]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2016-05-10T05:00:24+00:00</published><updated>2016-05-10T05:00:24+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p><br></p><p>前に進んでいると思っていたのに</p><p><br></p><p>後ろに進んでいることがある</p><p><br></p><p>見方によって進歩のベクトルは変わる</p><p><br></p><p>歩む前にその道を確認することが大事なのかもしれない</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[後付け論]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/743210/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/743210</id><summary><![CDATA[過去の行動について「自分があのような行動をとったのは～だったからだ」と理由を後付けることに固執する人間がいる。そんなに理由が重要だろうか？いや、重要なのは単なる理由ではない。そういった人間は、自分を正当化する理由を求めているにすぎない。後付けを自己正当化の手段に用いても虚しさが募るだけだ。後付けは誤魔化しだ。原因を自分以外に見出していては、何も変わらない。後付けではなく、後書きとして自己を顧みよ。]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2016-04-22T15:30:06+00:00</published><updated>2016-04-22T15:30:54+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p><br></p><p>過去の行動について</p><p><br></p><p>「自分があのような行動をとったのは～だったからだ」</p><p><br></p><p>と理由を後付けることに固執する人間がいる。</p><p><br></p><p>そんなに理由が重要だろうか？</p><p><br></p><p>いや、重要なのは単なる理由ではない。</p><p><br></p><p>そういった人間は、自分を正当化する理由を求めているにすぎない。</p><p><br></p><p>後付けを自己正当化の手段に用いても虚しさが募るだけだ。</p><p><br></p><p>後付けは誤魔化しだ。</p><p><br></p><p>原因を自分以外に見出していては、何も変わらない。</p><p><br></p><p>後付けではなく、後書きとして自己を顧みよ。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[生きる権利があるのなら]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/581439/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/581439</id><summary><![CDATA[生きる権利があるのなら死ぬ権利だってあるはずだ]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2016-02-29T13:06:12+00:00</published><updated>2016-02-29T13:06:48+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p><br></p><p>生きる権利があるのなら</p><p><br></p><p>死ぬ権利だってあるはずだ</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[謎すぎる辞典]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/339583/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/339583</id><summary><![CDATA[今回は、読書嫌いの私が自身の好きな本を紹介しようと思います。紹介するのはビアス「新編 悪魔の辞典」（岩波文庫）です。この本、とても面白いんです。語句とその意味が書かれているシンプルな内容なんですが、破壊力が凄いです。たとえば「頑張り」　凡庸な連中が、それによって不名誉な成功をかち得る、取るに足らぬ美徳。恐ろしいこと言いますよね・・・他にも「パズル」　法の網。ちょっと意味がわかりませんよね。そんな中でも私のイチオシは「ホームシックにかかった」　海外にあって無一文になった。まず、「ホームシックにかかった」が載ってることがすごい。そして、意味が悲しすぎる・・・他にもシュールなものが多々あり、たまに読みたくなる本です。]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2015-11-28T03:00:00+00:00</published><updated>2015-11-28T03:00:12+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>今回は、読書嫌いの私が自身の好きな本を紹介しようと思います。</p><p><br></p><p>紹介するのはビアス「新編 悪魔の辞典」（岩波文庫）です。</p><p><br></p><p>この本、とても面白いんです。</p><p><br></p><p>語句とその意味が書かれているシンプルな内容なんですが、破壊力が凄いです。</p><p><br></p><p>たとえば</p><p><br></p><p>「頑張り」　凡庸な連中が、それによって不名誉な成功をかち得る、取るに足らぬ美徳。</p><p><br></p><p>恐ろしいこと言いますよね・・・</p><p><br></p><p>他にも</p><p><br></p><p>「パズル」　法の網。</p><p><br></p><p>ちょっと意味がわかりませんよね。</p><p><br></p><p>そんな中でも私のイチオシは</p><p><br></p><p>「ホームシックにかかった」　海外にあって無一文になった。</p><p><br></p><p>まず、「ホームシックにかかった」が載ってることがすごい。</p><p><br></p><p>そして、意味が悲しすぎる・・・</p><p><br></p><p>他にもシュールなものが多々あり、たまに読みたくなる本です。</p><p><br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[はじめまして]]></title><link rel="alternate" href="https://masaka.amebaownd.com/posts/312500/"></link><id>https://masaka.amebaownd.com/posts/312500</id><summary><![CDATA[この日がとても暇だったので、時間潰しに作りました。ですので、目的や活動方針など何も決まってないです。とりあえず、身近なことを書こうかなと思います。適当な感じですが、誰も見ないはずなので大丈夫だと信じます。]]></summary><author><name>真逆</name></author><published>2015-11-15T05:00:00+00:00</published><updated>2015-11-15T05:00:11+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p><br></p><p>この日がとても暇だったので、時間潰しに作りました。</p><p><br></p><p>ですので、目的や活動方針など何も決まってないです。</p><p><br></p><p>とりあえず、身近なことを書こうかなと思います。</p><p><br></p><p>適当な感じですが、誰も見ないはずなので大丈夫だと信じます。</p>
		</div>
	]]></content></entry></feed>